ミニコラム


アウトレットのブランド財布



大学の友達が社会人と付き合っている。こんなに興味がないことも珍しい。正確に言えば別に友達でもない。浮かないために横にいる人、くらいだが、こういうことをわざわざ言うと「向こうが友達だと思ってるかわからないから」から始まるネガティブアピールにつながっていくのでもうめんどくさいから友達ということにしている。

友達はまぁいいとして、社会人の方は何を考えているんだろうか。高校生の時、同じクラスの女が大学生と付き合っていた。当時その子はなんとなく、「大人」みたいに扱われていた。パスタサラダばっかり食べていた。でも私はその子がテスト勉強の時に使っていた赤い下敷きが、進研ゼミのつまんない漫画と一緒に送られてくるぺらぺらのやつだということに気づいていたから少しも「大人」だとは思っていなかったが、「大学生と付き合えるポテンシャルを持っている女」というステータスのおかげでその子は高校の中でかなり上位の「大人」だった。ブランドの財布を持っていた。

 でも大学生になった今ならより明確にわかる。男がしょぼかったんだ。「同世代と付き合えない男」が「年上に弱い女」を引っ掛けているだけだった。だからあの子は私たちよりもそういうことに鈍感で、少なくともそこの感性は私たちが勝っていたんだと思った。だって別に大学生になったからといって、女にブランドの財布なんてポンポンあげれないのだから。大学生は大学生になろうとしてたんだと思った。それに気づいた時、その男のしょぼさに痺れた。一見すぐしょぼさが露呈しそうなものだがそうではなく、レアケースであることを誇り、特殊な恋愛をしている自分を肯定し商品化し見世物と化しステータスとしていたのだ。ポジティブのバケモノである。

 それを。それをだ。社会人になってもやってる男と、今私の友達は付き合っている。こう考えるともうこっちから友達というのをやめてしまいたくなる。 二人でディズニーランドに行ったらしい。制服を着て。「同い年みたいじゃない?」と言いながら見せられた写真は全然同い年みたいじゃなかった。

井田響花



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