ミニコラム


「僕と教授と橋本愛と団地ともおのジャズセッション」



並木雅浩




お気に入りの授業がある。

内容はジャズ音楽における技術的な解説といったもので
音楽の基礎的な知識がなければ理解することは極めて困難なものだ。

どういうつもりで受講しているのかはわからない明らかに音楽の教養がない者たちは教室の後ろの方に散り散りになって「携帯」か「睡眠」の二択の好きな方を選んでいる。

元音楽教師の母を選びこの世に誕生した僕だったが、親不孝なことに音楽のセンスはなく、その他の学生と同じく教養は無いに等しかった。

しかし、僕は一人でしゃばって教室前方の座席に座るのだった。

講義が始まると音楽学科であろう三人が毎回教壇に上がる。

非常に閉鎖的なもので教授はその三人に向けてのみ語りかけていると言っても過言ではない。

僕はその中にタイプの女性がいる。

短髪でキレのある目、物静かそうな横顔。

便宜上ここでは彼女を橋本愛と呼ぶことにする。

橋本愛の講師の手本に対する眼差し、教壇で仲間と真剣にセッションする姿、間違えてはにかみながら演奏する姿を前方の席で眺める。

次に教壇上にて「その日のジャズ音楽」が生成されて行く様子を掴んでいく。

演奏が上手であるかどうかはわからないしさして重要ではない。

その空間でのピアノを聞くのが僕の水曜日のささやかな楽しみなのだ。

先日も橋本愛のジャズピアノを聴きに教室へ行った。

教授が能書きを垂れていたので、まだ演奏は始まらないと踏んだ僕は「団地ともお」を読むことにした。

余談だが「団地ともお」は良い漫画である。

すると視界の端に教壇を降りた教授の脚が見切れた、顔をもたげると名前と学年を言わされた後に 「小学生じゃないんだから」と強めにドヤされた。

久しぶりに教師という人種に怒られ面食らった。

「団地ともお」がいくら良い漫画とはいえ言い訳にはならない。

漫画を読んでいた自分が完全に悪かったと反省しつつも この授業で怒られるなんてことあるんだ、と違う視点を導入し動揺を抑えようとすると 続けて「出て行け」と言われた。

が、橋本愛の目前大きなアクションを取りたくなかったのでとりあえず漫画をしまって、ボールペンを出してみたりして、居座る感じの流れでいこうと決めた。

ふと前を見ると教壇に戻る講師の背中があった。

教授の召す灰色のパーカーの背中には茶碗の風呂に浸かった目玉親父がプリントされており よっぽど湯加減が良いのか「なまけ者になりなさい」とセリフが添えられていた。

教師は学生を叱る時、自分の衣服に何がプリントされているか把握しておく義務があると僕は思う。

前方の席の為その後は目のやり場に困ってピアノの脚を焦点を合わせずに見ていた。

授業が終わり教壇を降りる橋本愛の化粧はいつもより濃かった。

僕はTSUTAYAに延滞したDVDを返しに行った。



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